2008年04月21日
遠野行の思い出(vol.36)
桜前線は、今ごろ南東北(「みなみ・とうほく」 ―― ルビをふらないと、ややこしいですなぁ・・)あたりでしょうか。
平成5年5月5日、私は、桜を見に、2泊3日で岩手県は遠野へ行きました。遠野は桜の名所と云うよりは、民話のふる里といった感があります。むしろ、東北の桜というと、青森県の「弘前(城)公園」、秋田県の「桧木川堤」などの桜名所がありますが、どうもこれらは桜を見るというよりも、人の波を見るような気がして、静かな遠野へ行くことにしました。
あの年、Kビールのテレビコマーシャルで、俳優の仲代達矢さんが桜を愛でるといったシーンがあり、バックには、井上陽水さんの「5月の別れ」という名曲が流れていました。
―― お、ちょっと、あんな感じもいいじゃないか ――、などとその気になって、
・・ちょっと桜を見に・・、なんて一人旅とシャレ込みました。
この旅で、地元の佐々木悦男さんという方と知り合いました(知り合った当時、土建業を営んでいた方ですが、昨年、有機栽培によるりんご農家ということで、NHKのテレビ番組 (「プロフェッショナル」だったかな?) に出ていました)。
私が、ご当地の観光名所のひとつとなっている「程洞のお稲荷様」へ行き、そこでスケッチをしていると、境内の脇で桜の倒木になめこ菌を植え付けている人がいました。その人が気さくに、
「おい旅の衆、手伝ってみんか? なめこがなったら送ってやるよ」
と、声をかけてくれ、それが佐々木さんでした。
私もこんな経験はめったにできないと、
「はい、やらせてください」
と答えました。
その作業は、まず、電動ドリルで木に2~3センチほどの穴をあけ、その穴に、円柱状のなめこ菌を、木槌でトントンと植え込んでいくといった作業でした。私は佐々木さんから、
「まぁ、飲みながらやんなよ」
と言われ、紙コップのそれをグイと飲みほし(焼酎の水割りでした)、クラクラしながらの作業となりました。
そのあと、佐々木さんに、日本十大民家のひとつである「南部曲り家 千葉家」を案内してもらい、それから夜は、「つづき石」、「花舎」というお店でお酒をご馳走になりました。
私は、遠野の民話の知識を、 『遠野物語』(佐々木喜善(ささき・きぜん)氏の語る遠野の民話をまとめた、柳田國男先生の著書)であらかじめ仕入れておいたのですが、土地の人からじかに聞く遠野の民話は、また身にせまるものがあり、特に、河童の話は印象深いものでした。
その河童の話とは――、
沢里某と云う70歳位の人(遠野市土渕に在住)が、常堅寺(じょうけんじ)と云うお寺の前にある河童淵で河童を見たとか――。
また、最近(平成5年当時)、この河童淵で子供が溺れ死んだが、これは河童のシワザに違いないとか(あのとき、私が見た河童淵はとっても浅かった)――。
・・・ 河童淵ちかくにある常堅寺の狛犬は、実にユーモラスでした。このお寺の狛犬の頭にはお皿があります。河童のお皿があるのです。その昔、お寺が火事になったとき、お寺の宝物を河童が持ち運んだため、宝物が焼失せずにすんだとか――。・・・
河童は、居たそうな……。
その昔、飢饉が続いた遠野では子供を育てられず、子供を河原に置き去りにしたそうな。故に河童であるとな――。
感覚が研ぎ澄まされていた昔の人は、置き去りにされて亡くなった子供の霊を敏感に感じ取ったのかもしれません。
最近、『わらびのこう 蕨野行』(主演/市原悦子さん、監督/恩地日出夫さん、「芸術選奨文部科学大臣賞」、「ヨコハマ映画祭特別大賞」など受賞多数)という映画を見ました。これは、「日本の原風景を映像で考える会」が製作した、いわゆる姥捨山(うばすてやま)の物語ですが、遠野にも「でんでら野」という姥捨ての野原があって、“遠野の原風景”と重ねて見ることができました。
ちなみに、「でんでら野」とは、「蓮台(れんだい)野」が転訛したもので、『安倍七騎』で記した「化野(あだしの)」(p69、p184)も同意で、墓地、葬送場、火葬場などの意であります。
平成5年5月5日、私は、桜を見に、2泊3日で岩手県は遠野へ行きました。遠野は桜の名所と云うよりは、民話のふる里といった感があります。むしろ、東北の桜というと、青森県の「弘前(城)公園」、秋田県の「桧木川堤」などの桜名所がありますが、どうもこれらは桜を見るというよりも、人の波を見るような気がして、静かな遠野へ行くことにしました。
あの年、Kビールのテレビコマーシャルで、俳優の仲代達矢さんが桜を愛でるといったシーンがあり、バックには、井上陽水さんの「5月の別れ」という名曲が流れていました。
―― お、ちょっと、あんな感じもいいじゃないか ――、などとその気になって、
・・ちょっと桜を見に・・、なんて一人旅とシャレ込みました。
この旅で、地元の佐々木悦男さんという方と知り合いました(知り合った当時、土建業を営んでいた方ですが、昨年、有機栽培によるりんご農家ということで、NHKのテレビ番組 (「プロフェッショナル」だったかな?) に出ていました)。
私が、ご当地の観光名所のひとつとなっている「程洞のお稲荷様」へ行き、そこでスケッチをしていると、境内の脇で桜の倒木になめこ菌を植え付けている人がいました。その人が気さくに、
「おい旅の衆、手伝ってみんか? なめこがなったら送ってやるよ」
と、声をかけてくれ、それが佐々木さんでした。
私もこんな経験はめったにできないと、
「はい、やらせてください」
と答えました。
その作業は、まず、電動ドリルで木に2~3センチほどの穴をあけ、その穴に、円柱状のなめこ菌を、木槌でトントンと植え込んでいくといった作業でした。私は佐々木さんから、
「まぁ、飲みながらやんなよ」
と言われ、紙コップのそれをグイと飲みほし(焼酎の水割りでした)、クラクラしながらの作業となりました。
そのあと、佐々木さんに、日本十大民家のひとつである「南部曲り家 千葉家」を案内してもらい、それから夜は、「つづき石」、「花舎」というお店でお酒をご馳走になりました。
私は、遠野の民話の知識を、 『遠野物語』(佐々木喜善(ささき・きぜん)氏の語る遠野の民話をまとめた、柳田國男先生の著書)であらかじめ仕入れておいたのですが、土地の人からじかに聞く遠野の民話は、また身にせまるものがあり、特に、河童の話は印象深いものでした。
その河童の話とは――、
沢里某と云う70歳位の人(遠野市土渕に在住)が、常堅寺(じょうけんじ)と云うお寺の前にある河童淵で河童を見たとか――。
また、最近(平成5年当時)、この河童淵で子供が溺れ死んだが、これは河童のシワザに違いないとか(あのとき、私が見た河童淵はとっても浅かった)――。
・・・ 河童淵ちかくにある常堅寺の狛犬は、実にユーモラスでした。このお寺の狛犬の頭にはお皿があります。河童のお皿があるのです。その昔、お寺が火事になったとき、お寺の宝物を河童が持ち運んだため、宝物が焼失せずにすんだとか――。・・・
河童は、居たそうな……。
その昔、飢饉が続いた遠野では子供を育てられず、子供を河原に置き去りにしたそうな。故に河童であるとな――。
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山神考―yamagami-koh― (vol.236)
小説 友任哀史 ―ともどう・あいし― (vol.232)
浪人坂のお話など(vol.231)
寒くなりましたですな(vol.227)
橋本新大阪市長のいう“独裁者”(vol.226)
福島県の四倉ふれあい市民会議さん来静(vol.225)
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Posted by 安倍七騎 at 15:58│Comments(0)
│徒然
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