2011年11月28日
橋本新大阪市長のいう“独裁者”(vol.226)
昨夜、橋本大阪新市長が誕生した。
橋本氏は、大阪府知事時代に「今こそ独裁者が必要だ」ということを壇上で発言し、眉を顰める人もあった。
戦国時代、今川義元公のころになると、今川氏は重臣との協議によって駿河国の方針などを決めた。
その点、隣国の支配者織田信長公ひとりの英断によって、義元公を桶狭間で破った。
混沌とした現代、橋本氏のいう“独裁者”を時代が求めているのかもしれない。
ただし、これもバランスの問題。かつてのルーマニア国と、それを統治した独裁者チャウシェスク(―名大統領で名をはせた時期もあった―)の顛末を忘れてはいけない。
橋本氏は、大阪府知事時代に「今こそ独裁者が必要だ」ということを壇上で発言し、眉を顰める人もあった。
戦国時代、今川義元公のころになると、今川氏は重臣との協議によって駿河国の方針などを決めた。
その点、隣国の支配者織田信長公ひとりの英断によって、義元公を桶狭間で破った。
混沌とした現代、橋本氏のいう“独裁者”を時代が求めているのかもしれない。
ただし、これもバランスの問題。かつてのルーマニア国と、それを統治した独裁者チャウシェスク(―名大統領で名をはせた時期もあった―)の顛末を忘れてはいけない。
2011年11月27日
福島県の四倉ふれあい市民会議さん来静(vol.225)
昨夜、しずおか食の未来実現会議(代表 上川陽子氏)さんが、四倉ふれあい市民会議(代表 佐藤雄二氏)の会員14名の方を呼び、交流会が開催されました。
四倉ふれあい市民会議は、被災地四倉地区(いわき市)の将来像の策定・復興を目的に設立されました。
当日、四倉からやって来られたご一行は、静岡産業フェアを視察後、交流会に参加しました。
交流会では、フェア出展のシラスを見て「いわきでもシラスが揚がるんだが、売ることが出来ないんだよ」という胸のうちが明かされ、また、「福島の紅葉は素晴らしいのだが、静岡を訪れて、今年はじめて紅葉を目にしました」など、現地の実情などを伺い知ることができました。
被災地への支援は、まだまだ不足しているようです。席上、上川陽子代表が言われたように、「狭い日本国内での支え合い」「親戚以上のつきあい」が必要だと思いました。
福島ファンクラブ会員(―数年前にインターネットにて登録―)でもある私は、これからも福島を応援してゆきます。
四倉ふれあい市民会議は、被災地四倉地区(いわき市)の将来像の策定・復興を目的に設立されました。
当日、四倉からやって来られたご一行は、静岡産業フェアを視察後、交流会に参加しました。
交流会では、フェア出展のシラスを見て「いわきでもシラスが揚がるんだが、売ることが出来ないんだよ」という胸のうちが明かされ、また、「福島の紅葉は素晴らしいのだが、静岡を訪れて、今年はじめて紅葉を目にしました」など、現地の実情などを伺い知ることができました。
被災地への支援は、まだまだ不足しているようです。席上、上川陽子代表が言われたように、「狭い日本国内での支え合い」「親戚以上のつきあい」が必要だと思いました。
福島ファンクラブ会員(―数年前にインターネットにて登録―)でもある私は、これからも福島を応援してゆきます。
2011年11月21日
なかなかのハードパンチャー(vol.224)
娘のことです。
夜中に、ハートのグローブから繰り出すアッパーを2発、あごに喰らいました。
それでも父はダウンを許されず、朝まで添い寝を続けました。
ちなみにこれは、父愛用のメキシコ製グローブ「カサノバ」。
2011年11月19日
玉川の城山橋(vol.223)
玉川の長妻田と柿島の境に「城山橋」という小さな橋がある。
この橋の近くには、辺り一帯を支配していた朝倉氏の館があった。
戦国時代、大名クラスでは武田氏、今川氏がそうであったように、柿島の朝倉氏も普段は館で過ごし、有事の際には、裏手の山に築いた城に篭もったようだ。

この橋の近くには、辺り一帯を支配していた朝倉氏の館があった。
戦国時代、大名クラスでは武田氏、今川氏がそうであったように、柿島の朝倉氏も普段は館で過ごし、有事の際には、裏手の山に築いた城に篭もったようだ。
2011年11月18日
平野雅彦先生の手帳のおはなし(vol.222)
紺屋町地下街にある伊太利亭で、平野雅彦先生(静岡大学、東海短期大学講師)による「平野流 手帳のはなし、情報管理のはなし」講座が行われました。
先生の「手帳遍歴」「スケジュール情報管理」「スケジュール帳・手帳・ノートの遊び方、使い方」といった項目で、講座は進められました。
自分にとってベストな情報管理は何か――必ずしも万人にとってやり易いというものはない。自分はこれが一番と思っていても、人によってはそれが苦痛な場合もあるのだ、といった前提がありながらも、心理学にもかなった先生の仕方は、とってもユニークなものでした。

先生の講座の楽しみのひとつはそのレジュメ。
さらっと書いた“手作りレジュメ”なのである。
先生の「手帳遍歴」「スケジュール情報管理」「スケジュール帳・手帳・ノートの遊び方、使い方」といった項目で、講座は進められました。
自分にとってベストな情報管理は何か――必ずしも万人にとってやり易いというものはない。自分はこれが一番と思っていても、人によってはそれが苦痛な場合もあるのだ、といった前提がありながらも、心理学にもかなった先生の仕方は、とってもユニークなものでした。
先生の講座の楽しみのひとつはそのレジュメ。
さらっと書いた“手作りレジュメ”なのである。
2011年11月09日
柿島の地蔵堂(vol.221)
その昔、安倍街道をゆく木枯しの紋次郎が、このお堂で一夜を明かしたのかもしれません。
上州新田郡(にったごおり)三日月村の
貧しい農家に生まれたという
十歳の時に故郷を捨て
その後、一家は離散したと
伝えられる
天涯孤独な紋次郎が
なぜ無宿渡世の世界に入ったかは
定かではない
2011年11月08日
今日は立冬(vol.220)
画像は、玉川小学校グランドから見た月です。
白鬚神社(―画像右側の山上が社殿―)の木立を縫って、団々と昇ってゆきます。
また一見、お月さんがお宮参りをしているようにも見えませんか?
一昨日、玉川小学校グランドを発着点とした、第1回玉川トレイルレースが行われました。
そして、昨日、静岡第一テレビ放送の「エブリィ静岡」(18:15~)でこの様子が放送されましたが、番組中、玉川地区地域支援員の服部俊介さんが、「玉川には山しかない。そこで、トレイルレースをしようと思い立った」と言われました。
整備されたトレイルレースのコースは、これから毎年行われる同大会のコースとして利用されますが、普段は、トレッキングコースとして利用されます。
このトレッキングコースは、玉川地区へ人を呼ぶ「玉川の名物」となるでしょう。
今日は、立冬―。
これからは、夜空が澄みわたる“天体の季節”でもあります。
冒頭の月を撮影したとき、「ここから望む月、これは玉川の名物だ」と思いました(―玉川には、見月山という山もあるくらいですから―)。
車中、アンドレ・ギャニオンの『夕暮れから』を聴きながら、みなさんも月夜の玉川を訪れてみてはいかがでしょう。
2011年11月01日
ご飯に添えた生姜の漬物(vol.219)
私の晩ごはん、ワンプレートに盛ったのは、卯の花、小樽で手に入れた冷酒グラスには地酒の杉錦…。
銀シャリに添えた漬物は、生姜の甘煮に生姜の梅酢漬け。
生姜2品は、玉川地区内匠の和田さん(眞明・なおみ夫妻)からの頂き物です。
この生姜は私の元気の源です。
朝ご飯に生姜を添えて食べると、元気が百倍!!
特にこれからの季節には欠かせません。
和田さんは、週末に葵区牛妻の「安倍ごころ」の軒先に出店します。
漬物などの食品のほか、布ぞうりや、シャレたミサンガなども扱います。